私は45歳のとき双極性障害と診断されました。
入院前は眠れない日々が続き、入院当日は50時間近く眠っていない状態でした。
当時の私は自分がおかしくなっている自覚がなく、結果として警察に保護され、そのまま精神科の閉鎖病棟へ医療保護入院となりました。
この記事では、閉鎖病棟で76日間過ごした体験をお話しします。
精神科への入院が決まった方や、ご家族が入院することになった方の参考になれば幸いです。
目次
私が閉鎖病棟に入院することになった経緯

眠れない日々が続いていた
入院前の私はほとんど眠れていませんでした。
インフルエンザB型感染してしまい5日間仕事ができず、復帰後も2日で風邪をぶり返してしまい、さらに3日間仕事が滞ってしまい、その挽回のため睡眠時間はどんどん短くなっていきました。
それでも当時は疲れを感じず、
「自分はまだ大丈夫」
と思い込んでいました。
しかし今振り返ると、それは双極性障害の症状で気分が高まっていたのだと思います。
入院当日は50時間近く眠っていなかった
入院当日には約50時間眠っていない状態でした。
正常な判断ができていたとは言えません。
しかし当時の私は、
「自分は大丈夫」
と思っていました。
精神疾患の怖いところは、自分自身では異常に気づけないことがある点です。
警察に保護された
その後、私は警察に保護されました。
当時の詳しい状況は今でも断片的にしか覚えていません。
ただ、家族や周囲の人が私の異変に気づき通報してくれて、結果的に警察が介入することになりました。
閉鎖病棟への医療保護入院が決まった
病院で診察を受けた結果、私は医療保護入院となりました。
自分の意思で入院を選んだわけではありません。
しかし今振り返ると、あの時は入院が必要な状態だったと思います。
入院直後の4日間は保護室で拘束された
保護室とはどんな部屋だったか
入院直後、私は保護室へ入りました。
保護室は一般病室とは異なり、安全確保を最優先にした部屋です。
危険物になり得るものはなく、監視カメラもついていて常にスタッフが状況を確認できる環境になっていました。
拘束帯による身体拘束
保護室に入り、私は身体拘束を受けました。
拘束と聞くと衝撃的に感じる方もいるかもしれません。
特に、私は目が悪く眼鏡がないと何も見えないのですが、それも没収されてとても不安な状態でした。
しかし当時の私は精神的に不安定な状態であり、安全確保のために必要な措置だったのだと思います。
保護室で過ごした5日間
保護室では自由に行動することはできませんでした。
時間の感覚も曖昧で、
- 食事
- 睡眠時の消灯
- 看護師さんの声かけ(食事や服薬など)
が生活の中心でした。
後半には眼鏡を返してもらえてようやく部屋に時計があることに気づきました。
拘束帯が外れた6日目からの生活
5日間の拘束期間を経て、拘束帯が外れました。
自由に動けるようになったことは大きな変化でした。
少しずつ落ち着きを取り戻した
薬の効果もあり、少しずつ頭が整理されていく感覚がありました。
それまで断片的だった記憶も徐々につながり始めました。
病棟内での生活
病棟内では決められた時間に
- 食事
- 服薬
- 診療(回診)
が行われました。
規則正しい生活を送ることで、少しずつ体調も安定していきました。
一般病室(4人部屋)へ移った10日目以降
保護室から一般病室へ
10日目からは4人部屋へ移りました。
保護室とは違い、他の患者さんと同じ空間で過ごすことになります。
この時、
「ようやく回復に向かっているのかもしれない」
と思ったことを覚えています。
閉鎖病棟の1日の流れ
閉鎖病棟での生活は非常に規則正しいものでした。
朝
- 起床
- 朝食
- 服薬
- 検温
昼
- 日替わり(入浴、売店、シーツ交換など)
- 診察(回診)
- 昼食
- 服薬
夜
- 夕食
- 服薬
- 消灯
生活リズムを整えることも治療の一部でした。
空いている時間の過ごし方にすごく苦労したのを覚えています。(やることがない)
閉鎖病棟で驚いたこと

想像していたより静かだった
入院前は怖い場所というイメージを持っていました。
しかし実際は非常に静かな環境でした。
患者さんは普通の人だった
閉鎖病棟にはさまざまな病気を抱えた方がいました。
しかし多くの方は、私が想像していたような特別な人ではありませんでした。
同じように治療を受けている普通の人たちでした。
看護師さんの存在が大きかった
入院中は看護師さんに何度も助けられました。
体調だけでなく、精神的な不安にも耳を傾けてくれました。
76日間の入院生活でつらかったこと
自由が制限されること
閉鎖病棟では自由な外出はできません。
当たり前だったことができなくなる苦しさがありました。
スマホも禁止、買い物に出かけるのも禁止だったので、本当に辛かったです。
将来への不安
退院後の生活について考える時間が多くありました。
仕事はどうなるのか。お金はどうしたら良いのか。
今後の人生はどうなるのか。
そんな不安を抱えていました。
76日間の入院生活で良かったこと
とにかく眠れるようになった
入院前はほとんど眠れていませんでした。
しかし治療によって睡眠が取れるようになりました。
今振り返ると、まず眠ることが回復への第一歩だったと思います。
薬の調整ができた
入院中は医師が毎日状態を確認してくれました。
そのため薬の調整を細かく行うことができました。
規則正しい生活が身についた
毎日同じ時間に起きて、食べて、眠る。
この当たり前の生活が、心の安定につながったと感じています。
退院が決まった時の気持ち
退院が決まった時はうれしかった反面、不安もありました。
病院という守られた環境から離れることになるからです。
それでも、
「少しずつ前へ進もう」
と思えたことを覚えています。
#ここに体験談を記載#
閉鎖病棟での76日間を振り返って
入院前の私は、
まさか自分が警察に保護され、閉鎖病棟へ入院することになるとは思っていませんでした。
当時は入院に納得できない気持ちもありました。
しかし今振り返ると、あの76日間は私にとって必要な時間だったと思います。
まずは眠ること。
そして生活を整えること。
それが回復への第一歩でした。
双極性障害や精神疾患で苦しんでいる方に伝えたいのは、
「入院は人生の終わりではなく、回復のための手段の一つ」
だということです。
#ここに体験談を記載#
まとめ
私は双極性障害と診断され、
- 50時間近く眠れない状態だった
- 警察に保護された
- 医療保護入院となった
- 閉鎖病棟で76日間過ごした
という経験をしました。
入院生活は決して楽なものではありませんでした。
しかし、あの76日間があったからこそ、回復への第一歩を踏み出すことができたと思っています。
精神科への入院が決まって不安を感じている方にとって、この記事が少しでも参考になれば幸いです。